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オーラソーマPPSコースを受けて


10/6、10/16、10/23の3日間で
オーラソーマの
パーソナルプレゼンテーションスキル(PPS)コースを受講しました。




このコースを受講すると、
公の場で10分間前後を目安として、
オーラソーマカラーケアシステムについて
自分自身の体験を話すこと、
オーラソーマの製品について説明することなどが出来るようになります。
(ASIACTへのプラクティショナー登録が完了していることが前提です。)

現在は、トレーニングコースの
レベル2までを受講すれば
プラクティショナー登録が
可能なのですが、
数年前?まではこのPPSを受講しないと
登録ができなかったとのことで。

それを知ってしまうと、
マゾっ気の強いわたしは、
PPSをやらずにプラ登録することを
自分自身に許可できず(笑)、今回受講したのでした。

あとは複数人の前でも
話せるようにしておいたほうが何かと活動しやすいよね、
と思ったのもあって。

ただそれだけ、ほんとにそれだけだったのですが……。


いや~、絞られました、炙られました!
自分の内面が。
決して肉体的拷問を受けるコースではありませんので、誤解なさいませんよう。

このコースは
『自分のギフトをディスプレイする』コースなのだと
ティーチャーは教えてくださいました。

繕わず、隠さず、
自分が持っているものを、そのまま正直に差し出す。
いいことだけではなく、失敗やイタイ経験や自分の弱点も、そのままに。

それを受け取るかどうかは、
相手の問題であり、
わたしの問題として考える必要はない。

必要はないけれど、差し出さないことには、
相手はそのギフトの存在に気づくことすらできないから、
分かりやすいように差し出すのだ、と。

面白いことに、このコース期間中に
その教えに直面するような出来事が
コース外の日常生活の中で起こりました。
(起こったその瞬間は、ぜんっぜん面白くないし、アイタタ!なんですけどね!(笑))

その出来事の翌日には、
ティーチャーによるコンサルテーションを受け
前日から引きずっている感情をモロに反映した4本のボトルを選び
「そのまま差し出す」ってこういうことなんですね…
と認識し、そして認識したことを
プレゼンの中に盛り込んでいくという、
ライブ感でドキドキの約3週間でした。


起こった出来事の詳細は割愛しますけれど、わたしの絞り出された内面は、

占星術を否定されたくない、
自分の1回のサポートで、すぐにクライアントさんに気づきをもたらしたい
という想いが、自分が認識している以上に強くあったということ、

そう強く思うほどに、わたしは占星術が大好きで大好きで大切で、
だけれど大切に思い過ぎるがあまり、
占星術をありのままにクライアントさんの前に出していきたいという気持ちが見えなくなり、他の心理系の資格でカムフラージュしようかと考えていたということ、

けれど本当は
カムフラージュはしたくない、
占星術は占星術でそのまま出していきたいと思っているということ

でした。

これらを、体験話に交えつつ
「オーラソーマとは」という概略的な内容も盛り込みつつ、
10分のプレゼンでまとめるのは、ほんっとうに難しくて、
このあたりも絞られ感というか、濾過されまくり感満載で、
最終日の3日前ほどから、胃がきゅうきゅうしていました。


最終日のプレゼンをどうやりきったのか
正直記憶にあまり残っていません。
でも、達成感だけは、じんわり残っています。

そして、
「そのまま差し出す」
ということと
「受け取るかどうかは相手の問題」
ということを
このタイミングで深く学べたということは、
わたしにとってとてもありがたかったです。

35歳から42歳の間(占星術でいうところの主に火星期)は、
人生経験の積み上げ期
と言われていますが、
その35歳になる直前に学べて
この火星期での意図をどこに置くかが
定まったように思います。

コースとコンサルを通して
深い学びをもたらしてくださった
ティーチャーと
一緒にコースに参加して見守ってくれた仲間に
とっても感謝しています。

ありがとうございました!!


ああ、プレッシャーフリーの中で
みんなのプレゼンをもう一度聞きたい~!

瞑想でスコン!と眠れる日々。












オーラソーマには、
ブルーグローブメディテーション
=平和のブルーの瞑想
というものがあります。

コース中は毎朝瞑想をするのですが
そのうちのひとつ。

この瞑想の誘導を
ASIACT UKから許可を得た上で
ブログに記載していらっしゃる方を
見つけたのでご参考までに
リンクをはっておきます。

オーラソーマLv1のテキストの最後にも
この誘導が記載されているので、
わたしはこれを自分で
ゆっくり読み上げて録音し
自分が瞑想したいときに
聞いています。

で、なんとなく寝る直前といいますか
寝ながらこれを聞いたら
どうなるのかしら?と思って、
興味本位で試してみたら。
なんでそう考えたのかは自分でも不明(笑)

5分もしないうちに、スコーン!と
眠れることを知りました(笑)

録音は、5分−5分−6分の
計16分構成にしてあります。
誘導にある(あなたが望む長さだけ、静寂の中で座ります)
までの前半が5分、
そこからの無音の時間が5分、
後半の誘導が6分。
その前半の5分を聞き切らないうちに
眠ってしまっているのです。毎回。
無音に突入した記憶が
1回もないのです。

誘導は「緊張やストレスを手放していきます」と始まって、
それ以降なんども
「一息ごとに手放していきます」
と繰り返していきます。
この「一息ごとに手放す」
という言葉が
わたしはすごいと思っています。
自然と、ごちゃごちゃとした思考が
手放されていくんです。
何も考えなくなるんです。
そのおかげで
スコンと眠れているんだと思います。

いつもなかなか寝付けないのよね〜
という方、お試しあれです。
朝起きた時も、心なしか
気持ちよいですよ。

世の中すべては、根っこでつながっていると思う。


福岡伸一氏の「動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか」
を読みました。




分子生物学専攻のバリバリ理系博士なのに
とてもやわらかい文章を書く方です。

低反発ものとか、焼く前のパンの生地とか
やわらかいもの好きなわたしとしては
時々この方の本は衝動的に読みたくなるのです。
(ちょっと質が違うけど(笑))

でも今日お伝えしたいのは、本書の内容ではなく。

タイトル通り、
わたしは「世の中すべては、
根っこでつながっていると思う。」ということ。

福岡氏が論ずる「動的平衡」は、
英語で書くと、
Dynamic Equilibrium(ダイナミック イクイリブリアム).
生命は間断なく流れながら、
精妙なバランスを保つもの、と説いています。

また、福岡氏はフェルメール作品をこよなく愛し、
展覧会を企画・監修しているほどです。
フェルメールの絵には境界線ははっきりとは描かれておらず、
光の粒子の集まりで、人物の輪郭を捉えているのだそうです。

イクイリブリウム。光。
なんともオーラソーマ的ではありませんか。
福岡氏がオーラソーマをご存知かどうがは分かりませんが。

こういう共通項のようなものを見つける度に、わたしは、
人間は突き詰めれば同じひとつの「何か」を追い求めているのであり
それをたまたま違う形で表現しているにすぎない、
すべては根っこでつながっているじゃないか
と思うのです。

その「つながり」を見つけては
ああ面白い、ああ楽しいと
キャッキャしているわたしです(笑)

「つまるところ同じでしょ」と思うのは
わたしの水星と海王星が射手座にあるから?(笑)
と思って、また、ああ面白いと思っています。


...今日はあまり結論めいたものはありません。

ただただ、この面白さを共有したいと思うばかりです。

オーラソーマ・レベル1を学んで、気づいたことなどをまとめてみる。(後編)

前編の続きです。

オーラソーマ・レベル1を学んで、
③とくに自分に響いたこと
について。

その前に、今回のコース中に描いた絵を
ご紹介しておこうと思います。
なぜかって?それは読み進めてくだされば
お分かりになるかと(笑)

コース中には、
オーラソーマとは?と問われて
自分が抱いているイメージを描いたり、
選んだボトルから受けるイメージを描いたり、
という時間が数回ありまして。

↓これが「オーラソーマとは?」と問われたときの絵














↓これは52番のボトル、レディナダを選んだときの絵










↓これは59番のボトル、レディポルシャを選んだときの絵










この3つはすべて、左手で描きました。
右脳を使うためだと思われます。
利き手ではないわりには、思うように描けたなあと思っています。

で、ここからが今日の本題。

わたしがこのコースで
もっとも衝撃を受けたもの。
それは。

人間の感情/思考・知性/肉体を
「馬と馬車」に例えると

馬=感情
御者=思考・知性
馬車=肉体

であり、

馬車の行き先を知っているのは
馬車の中にいる主人
(思考・知性じゃない!!)

ということです。

で、この話を聞く前にも、自分がイメージする
「馬と馬車」の絵を描いたのですが。
これはノートに右手withシャーペンで。











……え?これこそ、左手で描いたんでしょ?!的な絵(苦笑)
左手で描いた先の絵と比べてみてください。
何かがおかしいです^^;

しかもこの「馬と馬車」は輪郭しかありません。ぼやけまくりです。
わたしの左脳は、ぼやぼや〜っとしているのかもしれません。
(ある意味、この絵がコース中で一番衝撃的だったかも……)

肉体の内側に存在する主人については
わたしにはまだ自分の言葉でうまく説明することができませんが、
とにかくその主人は声が小さくて、
自分からは行き先を言わないらしいので
御者が行き先を知るには
静かに主人の声に耳を傾け、
馬の状態を穏やかに保ち、車の状態も熟知している必要がある
のだそうです。

今理解しているレベルでざっくり言うなら、
感情が荒れていたり、もしくは何も感じないようにしていては
行き先にはたどりつけないし、
頭だけで考えてても
なかなか行き先は分からない。
自分の内なる声を聞かないと、ということだと思うのですが。

わたしの御者は、立って馬をコントロールしようとしています。
普通、座っていますよね、御者って。
しかも、頭でっかちな御者です。
なんかこう、
頭ですんごい頑張ってどうにかしようとしてる感じがします(笑)
しかも。馬車の中には主人が乗っていないイメージなんです。
(某さんと同じ……)
わたしは、自分の内側の声には全く耳を傾けずに生きてきた、
そういうものがあるということも感じずに
生きてきたということなんでしょうね、きっと。

セッションのサンプルとして
わたしのその日のボトルを先生に読んで頂いたときも
頭で考え過ぎって話がでました。

はい、確かに、どうすれば今までの学びを
社会でうまく使っていくことができるだろうか。
いやいや、そもそもまだ学びが絶対的に足りないんじゃないか。
などど、いっつも考えていました。

でも、毎朝選ぶボトルたち、
ワークで選ぶボトルたち、
卒業式で選んだオーラソーマタロット(The Magician)のおかげで














”もう色んなものを持っている自分である”ことを
もっと信じていいんだっていうことに気づけました。
(ついでに言うと、色んなものを持っているということは、
誰にでも当てはまることだと思います。)

だからって、学びの歩みをやめてしまうわけではなく、
むしろやめろって言われても一生やめないと思いますけれど(笑)
今ここにいる自分の価値を大切にすることも
忘れずに歩んでいこうと思います。
いや、もう大切にしていますよっ!(アファメーション)


ブログでのまとめはこれにて、ですが、
色彩言語のまとめもこっしょり進めていきたいな〜と思ってまして。
日常の空いた時間でちょっとずつ学びを進められていくというのは
とてもとても贅沢なことだと思う今日この頃です。
(オーラソーマだけじゃなくて占星術もNLPも神社も〜。)

本を読むにも、自分を信じてなかった自分に気づかされた件。

「オーラソーマ・レベル1を学んで、気づいたことをまとめてみる。」の
後編を書く前に。















この本を読んで思ったことを、ちょいと書いておきます。

これは、オーラソーマコースが始まる
3日前ほどから終了日の間で読みました。
色彩言語のところはコース中に習うからと思って
すっとばしちゃいましたが。

そうすると、コースで取り組んだワークの中に
この本からの情報が、にじみ出たことが何度かありました。
無意識のうちに。
ワークをやってから、先生の話も聞いてから
あ、本の中のあのことだ って気づくということが。

そこで思ったんです。
読んだことが、ちゃんと自分の引き出しの中に
入ってきてくれてたんだなー、と。

読んで間を置かずしてのワークだったので
記憶に新しくて引き出しやすかったというのも
もしかしたら、あるかもしれません。

でも、わたしは「せっかく読んでも忘れちゃうかも……」
と思いながら本を読みがちで、気になったところは
evernoteに写真で残す派なので、
今回、外部装置に頼らなくても
ちゃんと引き出せているという感覚を鮮明に感じられて
嬉しかったんですね。

コース中に何度も
「今の自分を信じなよ」と気づかされたわたしですが、
ここでも、自分を信じてなかったのかーと
今気づきました、今!これ書いてて!(苦笑)

反省〜。

「本を読んで引き出しに情報を入れられている自分」
をもっと信じてあげようと思います。

オーラソーマ・レベル1を学んで、気づいたことなどをまとめてみる。(前編)

11/2から11/7の6日間にかけて、
しかも11/3の誕生日をはさんで
オーラソーマ・レベル1を学びました。

この日程自体にもスペシャルな計らいがあったのですが
書くとすんごい長くなるので、涙をのんで割愛します。笑













この6日間で、学んだことはたくさんあり
簡単にブログにまとめきれるものではありませんが、
とくに自分に響いたことに絞って
書いておこうと思います。

その前に、前編として
①なぜオーラソーマを学ぶことにしたのか?
②オーラソーマとは?
の2つをご説明しておこうと思います。
なぜならば、この2つの間で
ちゃんとつながりがあって、
このまとめをし出してからそれに気づいたからです。

後編として、次回
③とくに自分に響いたこと
をとりあげますね。

では。

①なぜオーラソーマを学ぶことにしたのか?

ぶっちゃけ「オススメされたから」です。笑
オーラソーマの先生(その当時は初めてお会いしたばかり)と
占星術の師匠から。

オススメされたのは、
今夏に宮崎へ旅行したときでした。

この旅行のなかで、
宮崎県西都市からさらにクネクネ山道の
奥へと進んだところに鎮座している
銀鏡(しろみ)神社へ、師匠と先生を含む
スピリチュアル仲間の皆さんと一緒に参拝しに行ったんですね。
















この神社の御祭神は岩長姫命、大山祇尊、懐良親王。
岩長姫命は、邇邇芸命に嫁いだのに、
その醜さゆえに親である大山祇尊の元に返されてしまったという
かわいそうな神様です。
親元に帰ってきたときに、
彼女は父から譲り受けた鏡を取り出して
自分の姿を映したところ、
ゴツゴツした顔でまるで龍のように見えたので、
深く嘆き悲しんで鏡を遠くに放り投げてしまいました。
その鏡が、銀鏡神社に納められているといわれています。

その神社で、みなさんで瞑想をしました。
受け取るメッセージがあれば
あとからみんなでシェアしようと話をしたあと、
それぞれがここだと思うスペースに散らばって。

わたしは、それまで瞑想をしたことがほとんどなく、
うーん、どうなるかなーと思いながら、
とりあえず余計なことを考えずに、
自分の内側に集中してみました。

気持ちいいと思うこと以外、
何も感じない時間がしばらく続いて、
「あー、何にも受け取らないなあ、
やっぱりわたしにはそういう力が
ないのかなあ……」と諦めかけたときに
ふと「わたしはこれから何をしたいんだろうな?」という
問いが湧きあがってきました。
なぜそう思ったのか、今でも分かりません。

そしたら立て続けに、
「もっともっと『自分を知る』ってことでしょ。」
って思いつきました。
これもなぜそう思いついたのか分かりません。
でも、だよねー、やっぱそうだよねーって
納得感だけは妙に強くて。

そして、その「自分を知ること」を
受け取ったメッセージとしてみんなにシェアしたら
「じゃー、オーラソーマだね。」と先生に言われ、
師匠からも「そうだね〜。やりなよ、オーラソーマ。」と言われ。

オーラソーマで何ができるのかは
なんとなくは知っていたものの、
それまで占星術で
自分がだいぶ分かってきていたつもりだったので
占星術で「自分を知る」ことと
オーラソーマでのそれと、どう違うんだろう?
さらに何をどのように知ることができるんだろう?
という好奇心が、むくむくと芽生えまして。

そうして、コースを受講することと相成りました。


②オーラソーマとは?

オーラソーマは、英語で書くと「AURA-SOMA」です。
AURAは光、SOMAは身体を意味します。

虹を思い出して頂ければ分かるように、光には色があります。
人間も自分の光、自分の色をもっているそうです。

「Human」の語源にも
「Hue=光」+「Man=ヒト/存在」という説があるようです。

その自分の色を思い出し、
光と身体をひとつにして発展させていくシステムが
オーラソーマ、ということだそうです。

また、オーラソーマで選ぶボトルは
「自分を映し出す鏡」とか「意識のカギ」といわれています。

わたしたちは、
自分のことは自分が一番よく知っているはずなのに
そのことを忘れてしまっている。
「思い込み」という皮を
重ねに重ね、自分の本当の顔が
分からなくなってしまっている。
ボトルという鏡で自分を映して思い出し、
自分の内側にある力(※)を取り戻そう。

ということが、オーラソーマの目指すところのようです。

※自分の内側にある力
「あの人のせいでこうなった」と
外に原因を転嫁することなく、
自分のすべての感情、行動の責任を
自分で取ることができる力、
つまり、自分で自分の人生を創り出していくことができる力
とわたしは理解しています。


で、この①と②のつながりは何なのかというと。

ずばり、「鏡」ですね。

銀鏡神社の看板には
「日向国鏡 銀鏡神社」と書かれています。
















ヒムカ(太陽の光に向かう)のクニの鏡。
これだけでもオーラソーマっぽいですよね。

さらに思うのは、
もしかしたら、岩長姫命が
「わたしみたいにならないように
オーラソーマという鏡のワークで
もっと自分を知りなさい。占星術にプラスして。」
とわたしに仰ってくれたのかもしれない、ということです。

ここにあるといわれている鏡は、
岩長姫命が自分の見た目に嫌気がさして
投げ飛ばしてしまったものだけれど、
実は彼女には、邇邇芸命に永遠の命をもたらしますように
という祈りが、父の大山祇尊によってかけられていました。
そんなすばらしい本来の自分の役割に気づかずに、
自分の見た目だけで
嘆き悲しんでしまったと思うんですね。

そんなふうになっちゃダメよ、と仰ってくれた、
だからわたしは銀鏡神社で
オーラソーマを始めるきっかけを得たんだと思うのです。


ちょっと蛇足ですが、
先生も銀鏡神社へ行ったときのことはブログに書いていらっしゃって、
それを読み返してみると、

ポマンダーはディープレッド
クイント・エッセンスはホーリーグレイル&ソーラーロゴスと
レディナダのミックスバージョン

を使っていて、ここからすでに
「地に足つけて、ありのままの自分の価値を見るのよ〜!!」って
言われてたんですねって思いました。笑


前編はこんなところで、おひらきです。
後編はいつになることやら〜。笑

本当に欲しいもの、ばれてた?!

今日、わたしのところにやってきてくれた
オーラソーマの
イクイリブリアムボトル44番。
















母から、誕生日プレゼントを何か買ってあげるから
ほしいもの決まったら連絡してって
言ってもらっていたので、
どうしようかな、このボトルをお願いできたらいいな、
と思いながら、先に自分で買ってしまい。
早く使ってみたいという月牡羊座の衝動と
説明しても、分かってもらえないだろうなという
恐れとが手伝って。

でもって、今日もまた
ボトルを買ったお店(ナディア)で
3,000円弱の毎月の生活必需品を買いまして。
おねだりするなら
こちらのほうが妥当かしらん、と思って
母に電話をしました。
自分でもう買っちゃったんだけど〜って。
(ええ、お値段的に遠慮したんです。
ちょっとの差ですけれど。)

そしたら。
ボトルの正規お値段相当分を
振り込んでくれるという話になり!
ボトル関連の話は一切せず、
今日買ったものについてしか話をしていないのに。

ボトルも、今日買った物も
どちらも大切なものですが、
買ってもらえたら嬉しいなと先に思っていたのは
ボトルのほうだったので、
無意識下でうちの母は分かってくれていたのだろうか?!と
思っちゃいました(笑)
かあさま、ありがとう!

で。そうなるんだったら、
正直に言ってみれば良かったとちょっぴり反省。^^;
年末年始で帰省したときに
ちゃんと伝えようと思います。



薄いピンクとロイヤルブルー。


オーラソーマ。
一度だけセッションを受け
ボトルは数回みたことがあるだけ。

色の意味はまだほとんど知らない。
ボトルの色の組み合わせも
全然知らない。

でも、今日不意に
今の心境を色でたとえると何色?
と聞かれて、
ぱっと浮かんだボトルのイメージが
上が薄いピンクで
下がロイヤルブルーだった。

ちょうど抱えていた占いを
クライアントさまに全部お送りして
ほっとしてたところに
また新しいご依頼を別の方から頂いて
あら、ありがたい
あら、嬉しい
と思っていた。
そんなときの色。

本当は別の話の中で
聞かれた色だったんだけれど、
そちらで起こる感情よりも
占星術まわりで起こる感情のほうが
強かったようで(笑)

意味もお伺いして
それはそれは
嬉しいものだったんだけれど。
何だかもったいないというか
畏れ多いので(^^;
今は書かないでおこうと思う。

自分の中でもっともっと
強く実感できるその日まで。